朝比奈大龍勢


◆ 起 源 の 由 来 ◆

 焼津港近くに河口をもつ瀬戸川の支流朝比奈川を測ると、岡部町があり更に上流に山間地なれど水田が20ha近く広がる殿地区に至る。ここが、朝比奈龍勢の発祥の地とされている。

 戦国期の山城『朝比奈城』は朝比奈氏の居城である。朝比奈川の中流には、岡部氏の居城『朝日山城』があり、その山頂からは互いの城が見える位置関係にある。そのためか、龍勢は『ノロシ』としてこの地へ伝わったとする人が多い。

 龍勢はノロシを原点としながらも近世初頭の黒色火薬の発達と、その原料となる硝石が貿易によって安易に入手できるようになった為、駿府周辺に急速に伝播し、この地に龍勢文化圏を築きあげたものと思われる。
 江戸時代後期(1750〜1850年)より、六社神社例祭に打ち上げられてきた龍勢は五穀豊穣の祈願と感謝の念で氏子の人達の切なる思いで続けられてきた。戦後は、昭和22年に農村の慰安として復活し、農村・農業の復興の原動力となった。昭和37年より本格的に打ち上げられ、昭和53年には保存会が結成された。昭和60年に静岡県選択無形民俗文化財の指定を受けたのを機に保存会では、制作技術や打ち上げ技術の伝承と後継者の育成に力を注いでいる。


◆ 製 造 と 打 ち 上 げ ◆

 朝比奈龍勢の仕組みは大きく分けて吹き筒・尾・ガの三つからなり全長は17m前後である。尾は真竹の真直ぐなものを選び、青皮を削り、できるだけ軽くなるようにし、立たして15日から20日くらい天日で乾かす。
 吹き筒は推進力を出すエンジンである。黒色火薬を詰め、筒の底部より中心に向かって円錐形の空洞ができるように特殊な錐で穴を開け、燃焼導口を作る。

そして一気に燃焼させ強力な推進力出して一直線に上昇させる。その時に尾は、進行方向と全体のバランスをとる役割をする。上昇の極点で、ガの中に仕込まれた曲物が打ち出される。曲物は吊り傘・曲筒・空中へ放散する星が主である。夜打ちの場合は傘で吊られて空中をただよう連星や竜・花笠などが曲物の代表的なもので、この三種類を一度に見事に成功させるのが最も評価の高い技とされている。上昇の終わった本体は、ガの中に仕込まれてある吊り傘で回収される。

 吹き筒へ詰める黒色火薬は、現在全龍勢連とも硝石10対炭2対硫黄1の配合割合のものを使うのがほとんどである。指定煙火店で調整されたものを各々必要量だけ受給する。これに各連独特のシメシを加えるのだが、その素材は柿渋・酒・焼酎など色々である。又、シメシの度合いは何%という目安はあるが、これも各連によりさまざまである。
 吹き筒に詰める火薬量も、一回に150g前後であるが興味のあることは全体1本の吹き筒に指定量の火薬をどれくらいの時間を使って詰め終えるのか、又その詰め固める固さがどの辺が良いとするかは、その連が今まで作ってきた以前のデータなどを参考にしながら進められるのが多いことである。火薬を突き固めるには、吹き筒の径より細い樫の丸い棒をセットウやカケヤなどで叩いて突き固めるのである。

 詰め終わった吹き筒に燃焼室を作る為に前述のキリ揉みを行うが、これが又大変な仕事で、一挙に揉みあげることは不可能に近い。だから、多くは若い人の中で力のありそうな人達がやる作業である。このキリ揉みに先立って、垂直に揉まれていく為にサゲ振りを三カ所くらい作り、その中央に杭に固定された吹き筒を逆さにして備え付け、底になるフシの所から揉むのである。

 以前は詰め終わった最上部の直径に竹の肉厚の方片だけか両方を加えるかが尺度であった。現在は、詰められた火薬の固さ及びシメシによって1cm何秒で燃焼するかを計りだし、全体の総重量や発射されてから上昇の極点に至るまで何秒かかるかを計算して残しの部分を決める。重ければ残しを少なくし軽ければ多く残す龍勢連もある。吹き筒本体が出来あがれば、ガ(ガンタ)の中へ曲物・星などの詰め込み作業があるけれど、これは日を違えて作る場合が多い。

 これ又各連に秘伝があって中々他人には知れないように作るのが興味をそそるところである。
 最後に、本吊りの傘を入れて頭をトンガリ帽子型にする。これに吹き筒の完了したものをガ持ち、ガびかえによって固定し、そのあと長い尾を着けるのである。尾は吹き筒の二つ半くらいの処が中心となるようにその吊合を調整する。これで出来上がりとなる。出来上がった龍勢を櫓へ運び込み打ち上げを待つ。朝比奈龍勢には『呼出番付け』があり、呼櫓で呼び上げられる。この番付唄い文句は独特な作詞で、リズミカルな節まわしで行われる。各龍勢連が製造した龍勢が、呼出番付にふさわしく上昇し展開するかどうかが見どころがあって大勢の観客から期待されている。


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